2019年の3月に思いつきで始めた法務互助会(立ち上げ当時はIT法務互助会)ですが、早いものでそろそろ満2年になります。

おかげさまで、個別のお声掛けを除けば積極的な勧誘等を行っていないにもかかわらず、安定的に加入のご希望もいただいている状況です。(業務が忙しくなると承認が遅くなり、しばらくおまたせしてしまうこともあります。すみません)
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※初月は特異値(110人)なので除外しています

また、所属人数が増えているというだけでなく、アクティブユーザーの数も順調に延びており、マンネリ化することもなく、日々活発に相談や知見共有、求人の募集や紹介などが行われています。
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先日、ファンをはぐくみ事業を成長させる 「コミュニティ」づくりの教科書という本を読んだことをきっかけに、法務互助会をコミュニティとして捉え直したところ、いくつか気づいたことがあったので、メモ代わりにエントリーに残してみようと思います。

コミュニティにおいては、「受動的な参加者」は構成員ではない


コミュニティづくりの教科書では、コミュニティを
・参加者が目的意識を持って能動的に活動に関わっており、
・参加者同士が対等にコミュニケーションできる
という特徴を持った人の集まりである、と定義しています(kindle位置No.183)

この定義に従うと、能動的に活動に関わっていない方を参加者として許容する団体は、コミュニティではない、ということになります。

法務互助会でも定期的に前回の退会判定時から一度もポストがなかった方のアカウントを停止する処理を行っていましたが、その理由はシンプルに「投稿促進」を目的としていました。ですが、このような処理は、「ある団体が能動的に活動に関わっていない方を参加者として扱ってしまうと、その団体はコミュニティではなくなってしまうという」という意味で、より本質的な問題だったのだなぁ、と、同書を読んで気づきました。
もちろん、後述するように能動的な関わりには「投稿」以外も含まれるので、「関わり」を正しく評価しきれていないという問題は残るものの、コミュニティの目的に照らすと「参加し続けるためには投稿しなければならない」というルールは最適だったように感じます(ちなみに、僕の記憶が正しければ、このルールは法務互助会の共同運営者である橋詰さんが発案されたものだったと思います)

と聞くと、めんどくさいな、とか、煩わしいな、と感じる方も少なくないのではないかと思います。
そして、お金を払ってサービスを受ける通常の取引と比べると、コミュニティに「参加」するということは、実際めんどくさくて、煩わしいことは間違いなと思うのです。(地方出身の方は、地元のコミュニティへの「参加」を思い出していただければ、その煩わしさをご理解いただけるのではないかと思います。)
そう考えると、人が関与できるコミュニティの数は、キャパシティによる差こそあれ、一定の上限があるはずで、だとすると、今後コミュニティが増えていった場合は、「参加者」をコミュニティが奪い合いうという現象が起こるのかもしれません。

人の集まりは、一定のコミュニティ的要素を含んでいる


コミュニティ運営に関与して気づいたことの一つに、あらゆる組織の中心は程度の差こそあれ、コミュニティ的な色合いを持っているということがあります。
例えば法務担当者の団体として最も大きい経営法友会は、通常の参加企業は単なるお客様でしかありませんが、その運営メンバーは(僕の勝手な想像ですが)能動的に企画等の活動に関わり、対等にコミュニケーションを交わしているのではないかと思うのです。
また、企業の中の特定の組織やプロジェクト、そして会議体も、そのようなコミュニティの性質を持つことがあります。さらにいえば、コミュニティの性質、つまりメンバーによる組織への能動的な関わりを獲得したチームは、とても強いのではないかと思うのです。

こういった視点を持てたのもコミュニティの運営に関わった副次的な効果だと思うので、良い経験だったな、と感じています。

コミュニティへの関わり方の種類


コミュニティに能動的に関わるといっても、その関わり方は多種多様であるということも実感しています。
法務互助会での経験を基にざっくりと分類すると、以下のような感じになります。
  • オペレーター
    コミュニティの運営者。世話人。
    ポリシーを決めたり、(互助会では発生したことはないけど)揉め事が発生したら仲裁をしたり、入退会処理/ban/投稿削除処理などを行う役割。

  • コントリビューター
    コミュニティにネタ(コンテンツ)を提供してくれる方。
    知見や求人情報のような価値がわかりやすいコンテンツを載せるだけでなく、質問や、アンケートなどもコンテンツの一種なので、この役割に含む。

  • スプレッダー
    コミュニティの存在を広めてくれる方。
    広報的な広げ方だけでなく、互助会が役に立てそうな法務担当者の方に「こんなコミュニティがあるよ」と紹介してくれるのもこの役割。

  • サポーター
    上記3つの役割を支援してくれる方。
    イベントをする際にピザを取りに行ってくれたり、小さいところで言えばコントリビューターのコンテンツ投稿に対してリアクションemojiをつけたりする。

    このような役割を参加者が分担することで、コミュニティは生き続けることができると思うのです。
    もっと直接的に言えば、これらの役割のいずれも担わない方(語弊を恐れずに言えばフリーライダー)を許容しないことが、コミュニティを健全に存させるコツなのかもしれません。
    ただ同時に、参加者が「役割を担わなければ」と義務的に思うようであれば、そのコミュニティはすでに寿命が近いのだろうとも思います。
    フリーライダーを排除した結果、僅かな人しか残らないのであれば、そのコミュニティは役割を終えたものとして潔く閉じてしまったほうが良いのではないかと、今では考えています。


    最後に


    2つしか書いていないのに「最後に」もないだろうとは自分でも思いますが、とりあえず言語化できたのはこの2つというだけで、法務互助会を通じて気づいたこと、考えさせられたことは他にもたくさんあります。
    冒頭で記載したとおり、法務互助会の勢いはまだまだピークアウトしていないので、今後も積極的に関わることを通じて、コミュニティに関する知見を獲得したいと思っています。

    過去を振り返ると思いつきで新しいことを始めると、たいてい良い経験につながっているので、みなさんもなにかいいことを思いついたら色々考えずにとりあえずやっちゃうといいと思いますよ(いつもどおり無責任)

    (追記)
    大切なことを書き忘れてました。
    法務互助会に興味を持たれた方は、こちらからエントリー可能です。
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    先日マシュマロで頂いたご質問が、とても回答しがいのあるものだったので、いつものようにtweetをつなげる方式ではなく、エントリーにまとめて回答しようと思います。

    マシュマロ

    ご質問のポイントは、「最低限どのレベルまで交渉をし、修正してもらうように挑むべきか」なので、まずこの点についてご回答します。
    ある(自社に不利な)条件を受け入れるかどうかを決める基準は、「合意をしなかった場合に取ることになるもっとも良い選択肢(Best Alternative to Negotiated Agreement = BANTA)より、合意した方がよいか」です。ここまでは当たり前ですよね。
    そのため、まず上記の回答としては、「BATNA」よりも良いレベル、が答えになります。

    しかしここで考えなければならないのは視点の置き方です。目の前に提示された契約書を起点にするとBATNAよりもましなレベルを目指すことになるのですが、もしそのために労力が必要なのであれば、そもそもBATNAを選択すべきなのではないかということです。

    そしてもう一つ考慮が必要なポイントは、BATNAはタイミングや状況によってどんどん変わるということです。AWSを使うかAzureを使うかを選定しているタイミングと比べると、AWSにしようと決めて具体的な準備を開始している段階では、Azureを選択した場合のデメリットは大きくなる、といった具合にです。

    上記を踏まえると、契約交渉において契約条件をどう設定するかは(確かに重要ではあるけれど)要素の一部でしかない、と言えると思います。つまり、言いたいことは、提示された契約書の条件交渉にフォーカスするとできることはごくごく限定されるけど、契約交渉としてはやれることは他にもあるはずで、そちらは裁量が無限大に大きいですよ、ということです。


    なお、話は少しそれますが、一般的に契約交渉はゼロサムゲーム(一方が損したのと同じだけ他方が得する)であり、それが故に妥協を引き出しづらい種類の交渉類型です。
    そのため、取り合うパイ自体をでかくする(開発だけでなく保守もくっつけて契約不適合責任を設計する)とか、全然別の話にする(請負ではなく準委任(但し任意のタイミングで解約できる)にしちゃう)といった交渉をするのも法務の腕の見せ所であり、これこそが契約交渉だと思っています。
    綱引きは結局力が強いほうがかつわけで、力が弱いとわかっている場合には「力を強くする(良いBATNAを作る)」か、「綱引きではないゲームに切り替える(ゼロサム・ゲームではない交渉に洗浄をうつす」必要があるということです。

    文章にするといまいちお伝えしづらいのですが、当社に転職してくれれば口頭でここらへんを伝授しますので、募集が開始されたらぜひエントリーしてください(笑)


    そしてこのご質問にはもう一つ重要な要素が含まれています。
    そう、「締結を急ぎたい依頼部門から『法務を経由すると遅くなる』と言われる」という件ですね。
    これに対する回答としては、「依頼部門と法務」の対立構造を作らず、「依頼部門&法務と相手方」または「依頼者と部門長」の対立構造を作るのがおすすめです。
    例えば例示いただいている損害賠償責任について、「修正すべきです」と指摘すると、「急ぎたい依頼部門と、修正させたい法務」との対立が生まれてしまいます。これを「修正しないと、●●のケースで当社は●●の損害を賠償する責任を負うことになって困っちゃいますよね。この前、同じような案件で●●が●●円の損害賠償してましたし、対岸の火事とも言い切れないのが怖いんですよね。」と返してみる。みたいな感じです。
    こういう言い方をしても「修正しろってことですか?」みたいな無責任な言い方で詰めてくる依頼者は確かにいますが、その場合には「私が担当者だったらがんばると思います。万が一リスクが顕在化したらって考えると意外たくなっちゃいますからね(笑)」みたいな感じで答えるのがおすすめです。

    ここらへんは上記の交渉の話と違ってこれが正解、というものではなく、法務の担当者のキャラや法務部門・法務部長の社内におけるプレゼンスなどにも左右されるものなので、どうする、というところは環境に応じて考えていただくとして、対立ポイントをどこに置くのかのコントロールを意識しようというレベルに抽象化して使っていただければと思います。

    ---
    @kataxは、マシュマロで企業法務関連の匿名質問を受け付けています。
    無資格法務のキャリア・転職、部門運営、業務効率化などが関心領域ですが、どんなことでも構いませんのでお気軽にお送りください。
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    色々書こうと思ったことはあったんだけど、言葉にするとうまくまとまらなかったので箇条書きで振り返る。

    ソーシャルゲームやってみた
    これまで忌避してきたソーシャルゲームを1万円程度課金し、それなりに時間を使って遊んでみたところ、組織運営という意味では会社の組織と共通するところが多いなということに気づいた。
    この点はちゃんとまとめてエントリーにしたいと思った。
    あと、課金という単語が本来の語義と真逆の意味で使われているのがおもしろいですね。

    プレイヤーとしての自分とマネージャーとしての自分
    非常に優秀なメンバーに恵まれて、法務業務については、ほぼ」レビュー」と「権限移譲していない事項に関する意思決定」と「進捗確認」以外は稼働が発生しない状態になった。
    この状態で存在意義を出すためには、マネージャーとして何らかの価値を発揮する必要があるということであり、それは言い方を変えれば「自分がいる組織と、自分がいない組織の差分」が、「自分の給与」とバランスしていないとならないということでもあり、これは中々しんどい。
    ただ、これに向き合わずにプレイヤー業務に手を出したらそれは行き止まりでしか無いので、ちゃんと勉強して、マネージャーとしての価値を発揮していかなければならないということを改めて自覚した。
    あと、マネージャーの仕事は、優秀なメンバーを採用することであるという意味がよくわかった。

    リモートワークがワークする人しない人
    半強制的にリモートワークでの業務遂行が必要になり、幸いにも業務フローはほぼクラウド/アプリ/ウェブサービスに寄せていたので何かを変える必要は生じなかったのですが、自分を律するのが思いの外難しかった。
    やるべきことをやるべきタイミングでやれる人はリモートワークに向いているし、そうでない人は向いていない。これは、サボるという意味だけでなく、働きすぎという意味でも。
    とはいえ、リモートワークは今後はある程度標準的な働き方になっている以上、自分を「リモートワークに向いている人」に寄せていかなければならないんだよな〜、と思った。

    人を動かせる人
    対面ではないコミュニケーションの機会が希少になったことにともない、コミュニケーションスキルの価値が高くなりました。
    コミュニケーションスキルというと、なんとなくしゃべる上手みたいな印象を抱いてしまうのでもっとブレイクダウンすると、人を動かす力、ですね。
    これからは、リモート環境下でも人に影響を与え、人を動かせる人の価値がどんどん高くなっていくと思います。(そして、その逆もまた真だと思います。残酷な話だけれど)

    と言ったところで時間切れ。

    2020年も各方面でたくさんの方にお世話になりました。
    2021年も引き続き、よろしくお願いします。

    契約書の締結日にうっかり2020年1月って書かないように、みんな気をつけましょうね〜
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    僕がまだ駆け出しの法務担当者だった頃、きっかけは忘れてしまったけど、Business Law Journalの前身であったLexis企業法務という雑誌の創刊号を手にとったことを今でも薄っすらと覚えている。
    それまでの法務向けの雑誌がまとっていた格調の高さを軽やかに脱ぎ捨て、等身大の法務担当者の目線で構成された記事に物珍しさを感じ、上司に掛け合って定期購入を開始することになった。

    失礼な言い方になってしまうかもしれないけれど、僕に言わせると、BLJは、企業法務の雑誌ではなかった。
    BLJは、企業法務担当者の雑誌だった。

    BLJは、「読者交流会」という名の法務担当者を集めた飲み会を何度も繰り返し主催した。
    一人3000円の会費なのに、その倍くらいの予算が必要なお店で、業種や年齢の垣根を超えて法務担当者が交流する場をなぜBLJ編集部が主催しているのかが不思議で、何度か「なぜこんなことを続けているのですか?」と、不躾にも質問したことがある。
    もちろん、BLJ編集部としての(とても合理的な)狙いは確かにあったのだけれど、それは同時に、社内に人間関係が閉じがちな法務担当者にとって、間違いなく外の世界に向けて開かれた扉でもあった。

    また、BLJは、無名の法務担当者に記事執筆の機会を与えてくれる場でもあった。
    著名な企業の法務部長でも、時代の最先端を走るインハウスでもないけれど、日々悩みながら課題を解決し、知見を蓄積してきた法務担当者が、そのエッセンスを記事という形でBLJに発表し、人に読まれ、役に立ったという経験は、座席スポットライトを当て、観客をステージに引き上げるような営みだったと思う。そういった経験は、その人の一生を変えることすらある。


    つまりBLJは、企業法務の雑誌ではなく、企業法務担当者の雑誌だった。


    ある日、ライトニングトークという形態のイベントがエンジニア界隈で流行っているということを知った僕は、いつものノリでとりあえずやってみるかと企画してみたものの、当時所属していた会社は外部イベントに会議室を貸し出すようなタイプの会社ではなかったため、会場の確保がネックになっていた。
    そこで、読者交流会でのツテでBLJ編集部に「御社の会議室を貸していただけませんか?」とダメ元で依頼してみると、すぐにOKしてくれた。
    ただの読者でしかない一介の法務担当者が企画した前例のないイベントのために自社の会議室を貸し出す雑誌の編集部がどこにあるだろうか。ちなみに、BLJ編集部は会場を貸してくれるだけでなく、きっちりLTもしてくれた。さらに第3回目に至っては、読者交流会をマージして主催すら買って出てくれた。
    正直ちょっとおかしいんじゃないかとは思うけど、別に不思議ではない。だって、BLJは、企業法務担当者の雑誌だからね。


    何度か転職をし、そのたびに転職先でBLJの定期購読の決裁を取った。
    僕は企業法務担当者だったから、企業法務担当者の雑誌であるBLJを定期購読をするのはとても自然なことだった。
    定期購読が認められないときは、個人で定期購読をした。だって、僕は企業法務担当者だったから。


    ただ、僕はいつまでも企業法務担当者で居続けることはできなかった。
    ビジネスパーソンとして担当領域を広げるチャレンジをしたかったし、法務という枠を超えたチームマネージメントにも携わりたかった。


    そのうち僕は、BLJをあまり読まなくなってしまった。


    そして、先日、BLJが休刊するという報に触れた。


    最初によぎった感想は「残念」でも「しょうがない」でもなく、「申し訳ない」だった。
    一方的に世話になり、勇気づけられ、機会を提供されながら、いつの間にか定期購読すらしていなかったことに、申し訳ないと思った。
    ただの読者なのに、自分でもちょっと変だと思うけど、本当にそう思った。

    自分ひとりの購買行動で何が変わるというわけではないけど、「最終号が自宅に届いた」というtweetを見かけるたびに、なんども申し訳ないと思った。

    そんな経験はないけれど、一方的に世話になっておきながら自分の都合で不義理をしてしまった親戚の訃報に触れたときは、こんな感情を抱くんじゃないかと思う。

    もう一度だけ言うけど、BLJは、たしかに企業法務担当者の雑誌だった。

    ありがとう、Business Law Journal
    またいつか「うちにはまだ届いてないぞ」ってtweetしたいね。

    メリー・クリスマス!
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    法務系アドベントカレンダー2020二日目のエントリーです。



    はじめに


    当初はアドベントカレンダーのネタとして、何かしらのTipsネタを書こうかとも思ったのですが、せっかく普段触れない人の目に触れる可能性のある機会なのでもうちょいエモいことを書いてみようと考え直し、法務の人の大好物である「法務の存在意義」を取り上げることにしました。

    さて、今も昔も、法務の人は「法務の存在意義」みたいな話題が大好きです。
    ただ、法務であろうが営業であろうがディレクターであろうが広報であろうが、会社に雇われている以上、存在意義を最も抽象化すると「企業価値の最大化」に行き着くはずなので、法務の存在意義も、結局の所、どうやって企業価値の向上に寄与しているのかという観点を離れることはでぎせん。

    では、法務は、というか法務であるあなたは、どうやって企業価値の向上に寄与しているでしょうか。

    コストはほんとに減ってる?


    企業価値を向上させるためには、収益最大化するというわかりやすいものに加え、収益とは直接結びつかない社会貢献という形でも寄与することができます。
    また、収益については売上とコストが影響し、コストはさらに足元のコストと、潜在的な将来コストに分解することができます。(もちろん、他の分類の方法もあると思います)
    これを図式化したものがこちらです。
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    さて、法務としてあなたが貢献しているのは、上記のどのポイントでしょうか。

    おそらく、ほとんどの方が「将来コスト(リスク)の最小化」を挙げたのではないかと思うので、それを前提に次の質問をします。

    あなたの寄与によって、将来コストは、どのくらい下がったのでしょうか。
    その下がったコスト分と、あなたに対して会社が負担しているコストである「人件費+法定福利費+福利厚生費+交通費(これは今発生していないかもですが)などなど」との差分が、地に足のついた「あなたの存在意義」だと思うのです。


    あなたが会社にとって有益なのは、あなたに支払っているコスト以上にあなたが会社に価値を返している場合に限られます。もしそれが釣り合っていない場合には、あなたは会社や他のメンバーにとってのお荷物でしか無いわけです。そうなると、もはや法務の存在意義をクリエーション機能、ナビゲーション機能などとかっこよく論じている場合ではありません。法務以前に、あなた自身の存在意義が危機に晒されているのです。

    また、業務効率化を推進することにより、足元のコスト削減に寄与している、とおっしゃる方もいるかも知れません。しかし、その削減したコストって、本来必要なコストだったのでしょうか。
    法務として、本来不要な障壁を高々と築き上げ、それを壊したことを指して業務効率化とうそぶいていないでしょうか。
    それは、一般的には業務効率化ではなく、マッチポンプと呼ばれている行為です。

    法務は有用だからといって、あなたが有用とは限らない


    こんなこと言うと、私が法務の存在意義を否定しているように捉えられてしまうかも知れませんが、そんなつもりは全くありません。
    もしそんなことを考えていたら15年も法務を生業とすることなどできなかったでしょう。
    みなさんと同様、私も、法務は会社にとって間違いなく必要な存在であると自信を持って断言できます。ですが、それをもって、私や、あなたが会社にとって必要な存在であるとは言えないのです。
    つまり、会社にとって法務は必要だが、同時に、会社は私やあなたのような法務を必要としていないということは両立しうるのです。

    会社や上司や同僚が何を求めているか、ではなく、企業価値の向上に寄与しているか


    おそろしいことに、企業価値の向上に寄与していない法務であっても、それを指弾されることは多くはありません。なぜなら、法務の価値を法務以外の人が正確に見積もることは難しいからです。
    そのため、企業価値の向上に寄与していないことに気づかずに禄を食み続け、気づけば何十年も会社に寄生していたということも起こりうるのです。

    このような状態を避けるためには、会社や、上司や、同僚があなたに何を求めているかを一旦離れて、企業価値の向上にどの程度寄与しているかという視点で自分を見つめ直す必要があります。修正が早くて助かった、という評価は、実は不要な修正を素早く行ったことに対する賛辞かもしれないのですから。

    リーガルテック花盛りの今だからこそ、今の業務をツールを駆使して効率化するのではなく、企業価値の向上に寄与しない業務をやめることで、より本質的な業務効率化に向き合う必要性がより固まっているように思うのです。

    後半駆け足になってしまいましたが、この辺で。


    3日目はdtk1970さんです〜
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    はじめに


    法務を含むバックオフィスは、一人ひとりが粒が小さめで、かつ幅広い業務を担当していることや、リアクション系の業務の割合が多くなりやすいことから、いい感じの目標を設定できないという悩みを抱える方が少なくありません。

    そんな悩みを受け、以前法務の目標設定って、難しいよねというエントリーを書いたのですが(最近書いたと思っていたのにもう4年経ってた・・・恐ろしい・・・)、理屈としてはわかるけど、実際に目標を書く際にはあんまり役に立たないという指摘を受け、今回は個別の目標をどんな感じで表現すればよいかについて、もう少し具体的なアドバイスをお伝えしたいと思います。ほんとうにちょっとしたことなのですが、これをやるとやらないとでは、結構印象に差が出るんです。


    評価者に響かない目標


    皆さんは、今期の目標として何を設定しましたか?(多分すでに忘れていると思うので、一旦思い出してください)
    無事思い出せたら、その目標がどのような要素で構成されているのかを確認してください。
    私の経験からの推測ですが、目標として、「何をやるか」しか書いていない方が少なくないのでは無いかと思います。
    例えば、「取締役会議事録を電子化する」とか、「●●業務のマニュアルを整備する」とか、「●●社とのM&A手続きを遺漏なく完遂する」といった具合です。(もちろん、実際にはもう少し肉付けがされた記載になっているとは思いますが)

    これらの目標はそれぞれ必要なことでしょうし、目標設定でよく言われるSMARTに則っていれば、形式的にも何らまずいところは無いのですが、残念ながら評価者には今ひとつ響きません。なぜなら、あなたがその目標を達成した場合に、法務部に、ひいては会社にどんな良いことが起こるのかがまったく伝わって来ないからです。

    ポイントは目的とインパクト


    ではどうすりゃいいのよ、というところで出てくるのが今回お伝えしたいちょっとしたアドバイスなのですが、それは
  • 「何をするか」を設定した目的を書く
  • 「何をするか」が実現された際のインパクトを書く
    の2点です。

    まず、目的についてですが、これは文字通り「なんのためにそれをするのか」ですね。
    例えば、「取締役会議事録を電子化する」であれば、ちょっと考えただけでも目的としては
  • 捺印者による捺印の手間の軽減
  • 事務局の捺印回収の手間の軽減
  • 事務局が捺印を代行する実務の改善
  • 議事録完成までの時間の短縮
  • せっかくのブームに乗りたいから
    といった具合に色々と思い浮かぶのですが、あなたが取締役会議事録の電子化を目標として設定した理由は何なのかを明確にすると、まず目標の輪郭がぐっとシャープになります。
    もちろん、上記の目的は相当生煮えなので、これだけではちょっと物足りないのですが、例えば、「ブームに乗りたい」というちょっとふざけた目的も、最新のトレンドを取り入れることで「当社の法務部門はイケてるぞ」と候補者にアピールする材料にするという視点を加えることで、目先の業務だけでなく、採用も視野に入れていますよ、ということを評価者に伝えられるわけです。(それが響くかは会社によると思いますが、なにもないよりマシなのは間違いありません)


    次に、インパクトについてですが、これは「それをしたことによってどのような影響が生じるか」です。
    例えば、「●●業務のマニュアルを整備する」という目標で考えてみましょう。それによって恩恵を被るのは誰でしょうか。もしあなただけが担当する業務であれば、インパクトの範囲としては物足りないでしょうが、全社員が関与する業務であれば「お、それはすごいね」となるかもしれません。また、そのマニュアルの存在によって、どの程度業務が効率化されたり、業務品質が向上したりするでしょうか。もし、作っても誰も見ないだろうね、というマニュアルであれば、インパクトは皆無なので、目標としてそれを掲げるセンスに疑問符がついてしまうかもしれません。
    このように、インパクトを明記することで、自己満足な目標を立ててしまうことを防ぐことができるのです。

    具体的にどう書けばよいのか


    上記を踏まえて目標を書く場合、
    【目的】のために、【やること】を行う。それによって【インパクト】という効果を得る。
    といった感じになります。

    そして、【目的】を書くにあたっては、組織の目標とリンクさせましょう。組織の目標を達成するために自分が何をするか、という位置づけを明らかにするだけで、組織と有機的につながった目標設定ができるのです。(OKR的な発想ですが、OKRを採用していなくても組織目標と個人目標のリンクが有用であることに違いはありません。)

    また、【インパクト】を書くにあたっては、【やること】と【インパクト】との間の因果関係を冷静に見積もりましょう。もし【インパクト】が物足りないのであれば、【やること】を変える必要があります。間違っても、【やること】を変えずに【インパクト】をいじってはいけませんよ。そうした瞬間、それは目標ではなく、願望や夢になってしまいますからね。

    といった感じで、誰でもすぐ実践できて、かつ即効性があるので、意識していなかった方はぜひお試しください〜
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    先日、スタジオジブリが公式サイトで以下の発表を行ったことが大きな話題になりました。
    今月からスタジオジブリ全作品の場面写真を順次提供することになりました。今月は、新しい作品を中心に 8作品、合計400枚提供します。

    常識の範囲でご自由にお使いください
    STUDIO GHIBLI「今月から、スタジオジブリ作品の場面写真の提供を開始します」


    言うまでもなくアニメ映画の場面画像は著作物であり、著作権者のコントロール下にあるため、著作権の例外(例えば私的使用のための複製や、引用など)に該当する場合を除き、その利用は著作権を侵害するのが原則です。

    今回の発表の狙いはすでに多様な分析がなされているので、このエントリーでは「常識の範囲内」であることを条件に著作権者がその利用を許諾する、という法的な枠組みの方に着目したいと思います。

    外縁があやふやな条件がもたらす効果


    ジブリが提示した「常識の範囲内」という条件は、
  • 誰にとっての常識なのか
  • いつ時点の常識なのか
  • 常識とは何か
    の3点がそれぞれ不明確なため、その取扱いが非常に難しくなっています。
    1点目について言えば、もし鈴木プロデューサーの常識が基準なのであればその限界を外部からうかがい知ることはできませんし、仮に客観的に常識とされるもの、だとしても、次は3点目の「常識とは何か」という壁を乗り越えなければなりません。
    更に厄介なのは2点目であり、常識は時代の変化や技術の進歩に併せて移ろいゆくものであり、安定していないというところにあります。
    このようなあやふやなライセンスに依拠して大規模な利用をすることは(まともなライセンシーにとっては)なかなか難しいため、一見フリー素材に準じたようなライセンスに見える「常識の範囲内」ライセンスは、大規模な商用利用を抑止する効果ももたらしています。それが狙いなのかはわかりませんが。

    非常識な人に対しては脆弱


    上記の通り、一見自由に使えるように見えて一定の抑止効果を得られる「常識の範囲内」ライセンスですが、その反面、非常識な利用者に対しては使い勝手が悪いという難点があります。
    なぜなら、ジブリ側が「非常識な利用だ」と判断した利用者に対して著作権侵害を主張する場合、ジブリ側が「常識の範囲内」という条件を満たしていないことを立証しなければならないため、上記の「常識のあいまいさ」がブーメランとして戻ってきてしまうからです。

    ただ、上記の難点は、あくまで法的な枠組みの中で常識の範囲外利用に対抗することを前提とするもので、重厚なファン層を保有しているジブリにとってはそもそも考慮する必要は少ないとも言えます。つまり、(実際にそうするかは別として)特定の「非常識利用」を指して「こういう利用をされてしまうようであれば、今回のようなライセンスは取りやめなければならなくなるなぁ」と呟けば、ファンがこぞってそのような「非常識利用」を潰しにかかってくれることが強く期待できるからです。

    このやり方はうまくできているなぁと思いつつ、誰でも真似できるものではないな、とも思うわけです。

    撤回ベースライセンスという表現の仕方もある


    今回ジブリがそれを狙っていたのかは全くわかりませんし、そうでない可能性の方が高い気はしているのですが、事前に厳格な要件を定めず、自由な著作物を利用を促進すると同時に、意にそぐわない利用を抑止したいという狙いはそれなりに普遍性があるものだと思います。
    そこで、仮に自分が同様の依頼を受けてライセンス文言を創るとしたら、どうやるのかな、と想像し、書いてみたのがこちらです。
    最短距離で根っこだけ抑えることを意識しましたが、それでもそれなりのボリュームになってしまっているのは、ひとえに私の実力不足と、穴があったら塞ぎたくなる法務の悲しい性によるものです。
    自分で代替案を考えてみて、(暗黙の前提に支えられているとはいえ)たった一言で同等の効果を得られる「常識の範囲内」ライセンスの偉大さを再確認した次第です。

    常識の範囲内ライセンスが気づかせてくれたこと


    今回の「常識の範囲内」ライセンスは非常に極端な例ですが、解釈の幅が大きい規定は「法の余白」と呼ばれることがあります(私はシティライツ水野先生法のデザインを読んで意識するようになりました。)
    このような余白の大きい規定は、前述の様に不自由さと自由の両面を併せ持つ不思議な存在で、水が半分入ったコップのように、ある種のテスターとしても機能するのかもしれないということを感じました。
    別の言い方をすれば、日々実務に追われていると、こういった余白は正直「めんどくさい」としか思えないのも事実ではありますが、それを自由自在に乗りこなせることは、最近言葉が独り歩きし始めている法務のクリエイティビティのひとつなのかもしれません。

    また、あらためて考えてみると、その外縁が不明確なのは別に珍しいことではなく、例えば引用の要件も「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの」という、かなりあやふやなものです。実務上は、裁判例に従ってきれいに整理された主従関係や必然性などの要件に従って引用の適否を判断することの方が多く、通常はそれで十分なのもまた事実ですが、敢えて沼に足を突っ込んで靴やズボンを泥だらけにしなければ、余白を使い切ることってできないんですよね。
    今回も「●●は常識の範囲内か」みたいな基準のわかりやすさを追い求める議論も見かけましたが、そのような行為は、かんたんさと引き換えに、余白を良さを自らの手で消してしまっているんじゃないかな、と思ったりもするわけです。まぁ、言うのは簡単、やるのは大変の典型ではあるわけですけど。

    といったところで、今日はこの辺で。

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    上司の部下に対するよくある不満の一つとして、「部下の仕事が遅い」というものがあります。
    もちろん、上司になるような方は一般的にプレイヤーとしても優秀であることが通常なので、自分と比べて能力に物足りなさを感じているという面もあると思いますし、純粋に部下の能力が劣っているというケースもあるとは思うのですが、そういった評価の問題ではなく、部下の仕事を遅くしてしまう上司の振る舞いというものもあるよな、と最近考えさせられることがあったので、大好物のパターン分けをしてみました。

    ゴールを明確にせずに仕事を渡す


    ゴール、例えばどのような成果物を作り上げるべきかを明確にせずに仕事を渡してしまうと、部下から上がってくる成果物もずれたものになるのは当然の帰結です。また、ゴールを明確に認識できていない部下は、仕事を振られた後すぐに走り始めることができず、結果として完了までの時間も伸びてしまうことになります。
    上司からすると、そのくらい自分で考えてくれよと思うかもしれませんが、仕様を決めずにシステム開発を発注することとパラレルに考えると、どちらかというと上司側の問題であることが多いのではないでしょうか。

    目標を明確にせずに仕事を渡す


    ゴールは明確であっても、目標、つまり「それをもって何を実現しようとしているのか」を明確にせずに仕事を渡してしまうと、「悪くはないんだけどちょっとずれた」成果物が上がってくる可能性が高くなります。
    ただ、問題はそれだけで終わりません。ゴールがあっているのに仕上げた成果物について上司からずれていると言われ続けた部下は、成果物を渡す前に「これで間違っていないだろうか」と逡巡することになり、この逡巡が遅さにつながってしまうのです。(そして残念ながら、目標がずれた状態で推敲しても、成果物の品質向上には繋がりません。)

    十分な情報を渡していない


    正しく判断する前提として、十分な情報を保有していることは必要不可欠です。
    そのため、情報共有が十分でない中で仕事を渡してしまうと、判断を間違えたり、確認に時間を取られたりして、その結果仕事の完了までの時間ものびのびになってしまいます。
    なお、仕事を渡すタイミングで、関連する情報をもれなく渡しきることは非常に難しく、また、共有者にとっても、被共有者にとっても、十分な情報が共有されているかを判断することも同様に困難なのが通常です。l

    その意味では、普段からしっかりと情報を共有していない上司は、部下の仕事の足を引っ張っていることを明確に自覚すべきです。

    イライラしてる/機嫌が悪いことが多い


    これはとてもシンプルな話で、イライラしている上司には、途中確認や相談をしづらいものです。
    その結果、完成までの時間が伸びてしまうのは当然のことでしょう。
    何かあったらすぐ相談することを部下に求めるのであれば、上司の側も、部下がすぐに相談したくなるインターフェースを維持することに心を砕くべきなのです。

    不寛容


    これもシンプルな話です。成果物の品質が悪かったときに罵られたり、もっとひどいときには相談したとき「そのくらい自分で考えろ」と怒られたりしたことがある部下は、ビクビクしながら仕事をすることになり、その結果仕事の完成までの時間が伸びてしまいます。
    このパターンは、部下を病ませる力が強いので要注意。
    なお、上のイライラしている/機嫌が悪い、とはちょっと違うので、いつもニコニコなのに不寛容な人もいるのが恐ろしいところです。

    納期を明確に伝えていない


    上司としては遅いと思っているのに、部下には遅い自覚が無いというパターンです。
    目標や前提情報が共有されていれば阿吽の呼吸で伝わることもあるのですが、納期といった基本情報すら明確に伝えない上司が、目標や前提情報の伝達をしっかり行っているわけはないので、あまり期待できません。
    このパターンで怒っちゃう上司は、「考えればわかるだろ」みたいなことを言いがちです。いや、わかんないですよ。それ。

    といったところで、ご飯食べてきます。
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    9月1日から新メンバーが加わり、3名体制になったので、山田くん(2人目)の卓越した阿吽の呼吸に甘えるのはそろそろやめにしようと思い、3人で相談しながら業務ルールを作りました。

    業務スタイル

  • 人の間違いや失敗には寛容に。
  • 業務は極力マニュアル化&共有。作ったマニュアルは、誰でも加筆・修正OK(加筆・修正後も忘れず共有)。
  • 共有NGな情報以外の情報は、メンバー間で全て共有する。
  • 共有相手が、共有されたことを把握したと期待しない。
  • 人のやり方に気づいたことがあったら遠慮せず口をだす。但し、決めるのは担当者自身。
  • ゴールは合意して決める。やり方は担当者が決める。
  • 相手に悪意がないことを前提に行動する。

    質問

  • 同じことを何度聞いてもOK。
  • 5分悩んでもわからなかったらすぐ質問。
  • 相手の都合を考えずに自分のタイミングで質問してOK。都合が悪い時は断られるけど気にしない。
  • わからないときにわかったふりをしない。

    Slackのルール

  • メンションは何時でも、何曜日でもつけてOK。通知は、受ける側が設定でコントロール。
  • 業務時間外はメンションに反応する必要なし。というかそもそもslackを開く必要なし。
  • 対応できる依頼にはアサインを待たずにどんどん対応してOK。但し、少しでも迷う要素があったら対応前に部内で相談。

    ミーティングのルール

  • カレンダー上の空き時間は、いつでもミーティングセットしてOK。
  • 作業に集中したい時間帯は、自分でブロックの予定を入れる。


    心理的安全の度合いとか、メンバーのレベル差の度合いによって最適なルールは異なるのだけれど、今のチームでは極力摩擦をゼロに近づけた方がうまくいくと考えてこんな感じになってます。
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    はじめに


    自分がスーパー無能パーソンだった経験が、1年半経ってようやく自分の血肉になってきた気がするのですが、その経験から気づいたことの一つに、「撤退の判断を現場で戦っている兵士にさせてはならない」というものがあります。
    軽い比喩になっているので言い換えると、「担当者が業務をうまく回せていない場面で、引き続きこの業務を担当させ続けるか。」という判断は、当該担当者ではなく、その上長がしなければならない、という話です。

    担当者本人は継続すべきかを正しく判断できない


    継続判断は担当者ではなく、マネージャがすべきということは、マネージャーの役割論のようなものではありません。もっとシンプルに「現場でうまくやれていない人が、今後もその業務を担当し続けるべきかについて正しく判断することは期待できない」というだけのことです。だって、現に今うまくやれてないんだもん。

    そのため、マネージャーとしては、メンバーがうまくやれていないときは、担当を継続させるかを見続けなければないし、また、継続させるべきでないと判断したら、本人の意向がどうであれ、その業務から外さなきゃならないんですよね。担当継続の判断を間違えるということは、会社のみならず本人にとっても不幸なことなので、一見冷たいようでいて、長い目で見ると却って本人のためになることだと思います。
    なお、本人が「まだやれます」と言うのを真に受けるのは正しい判断ではないことが少なくありません。例外は、本人のやる気が継続判断に重要な要因であるケースなわけですが、やる気でなんとかなる場面はそもそも限定的ですからね。

    正しい撤退判断は再挑戦を促してくれる


    世の中には精神的に極めてタフな方も存在するので全員が全員そうというわけではないのですが、完膚なきまでに敗北し、無力感を味わうと、苦手意識が染み付いてしまったり、やる気が削がれてしまったりして、再挑戦する気にはなかなかなれなくなります。
    そうなる前に、あたかもタオルを投げたセコンドに「まだやれる」と詰め寄るくらいの元気が残っているうちに手を引かせて、改善すべき点を明確に指摘するとともに期待していることを伝え、次のチャンスまでに刃を研いどけと言ったほうがずっとやる気になるものです。
    一度折れた心と、心が折れるまで現場に取り残したマネージャーに対する信頼の喪失は、なかなかすぐには元に戻らないものですから。

    現場で負けている兵士であるあなたに


    かつての僕のように、現場で無力感に苛まれ、立ちすくんでいる方に伝えたいのは、月並みですが、あなたが今の現場でうまくやれていなことは、あなた自身の価値を決める決定的な要素ではないということです。
    戦場が変われば、または同じ戦場でも指揮官が変われば、同じ人が目覚ましい活躍をすることは珍しいことではありません。
    諦めず、深刻にならず、斜に構えず、できる範囲で目の前の敵と戦い、今を乗り切りましょう。本当の戦争と違って、負けても命を取られるわけじゃないんです。
    もちろん、その戦場から立ち去るのも悪いことではないですが、今うまくやれていない自分の判断でそうするのではなく、信頼できる部外者(前職の先輩など。適切な人がいないならカウンセラーやエージェントなどのプロの手を借りるのも良いアイデアです)にまず相談しましょう。もしかすると、今立っているのは崖っぷちかもしれないし、ゴールまで後一歩なのかもしれないし、そのどちらでもないかもしれない。いずれにせよ、自分でそれを見極めるのは、とても難しいことなので。

    と、朝ランニングしながら思ったことを書いて、お仕事に向かいます。
    今日も一日、生き延びましょう!
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