前の会社を辞める時、法務コンサルティングをしてくれていた我が法務の師とも言うべき人のところへ挨拶に行った際に
「結局、法務の存在価値ってのは使える英文契約書を起案できるかどうかなんだよね。だからkata君もこれからは英語の勉強を進めていったほうがいいんじゃないかな。」
ってな感じの事を言われて、なんだか「法務の存在価値」ってことについてちょっと考えてしまった。

確かに、特定の言語の読み書きができてもその言語で契約書を仕立てられるわけじゃないって事からすると、英文契約書の起案ができるってのは「英語のライティング」と「契約書の作成」という二重障壁を乗り越えている分、価値のある仕事なんだろうとは思う。
(だから僕も、聞きたくも無いクリントンの言い訳演説なんかを電車の中でしこしこ書き取ったりしているんだけど)

でも、なんつうか、その「契約書の作成」っていう、いわば事務処理的なお仕事を法務の存在価値って言っちゃうのはなんだか寂しいとも思うわけですよ。
いや、確かに需要は非常に高いってことはわかるけど・・・さ・・・。


と、まぁ、こんなことを考えていたら、ちょうど今朝行われた転職後初のグループミーティングで、せんぱいが
「(上場プロジェクトに)なんで法務がもっとガンガン入っていかないんですか?スキーム策定が終ったあと、『あとの書類作成はお願いね』って言われるだけの仕事なんて寂しいじゃないですか!」
と部長に注文つけていたので、僕も声を大にして賛同しました。

・・・ん?
あぁ、心の中でね。