2004年06月

まだ学生だった頃。

立教大学で英語ディスカッションのイベントに(英語がしゃべれないにもかかわらず!)参加する事になった僕は、池袋へ向かう電車の中で、すでにおなかがごろごろ状態でした。

でも、まだ余裕のあったその時の僕は、
「まぁ、もうすぐ駅だし、立教に着いたらそこでトイレに行きゃいいや」
って思っていたんです。
(後に、この考えは甘すぎる物であった事を思い知ることになるのですが)

【悲劇その1】
で、無事駅について、立教に向かって歩き始めたんですけどね・・・

遠い・・
遠すぎる・・・


当時、駅から徒歩10秒のキャンバスに通っていた世間知らずの僕は、大学という物はすべからく駅前にあるものだと誤解していたんです。

歩いても歩いても着かない(実際はそんな事無いと思うけど、その時はそう感じた。いや、まじで)ことに軽い眩暈を感じながら、脂汗をにじませてようやく立教大学にたどり着いたのですが・・・

【悲劇その2】
あぁ、やっとこの苦痛から解放されるよ、と思って入り口前でたむろしているスーツ姿のガキども(自分もそうだけど)をかき分けてドアを開けようとすると・・・

ガンッ

あ、あれ?

ガンッガンッ

し、閉まってるよ・・・(涙

どうやら早く着きすぎたらしく、周りの声に耳を澄ますと、あと10分くらいしないと鍵が開かないらしい。


もう無理だよママン。
10分なんて、待てないよ・・・


と、灰になりかかっていると、
「あ、おれ、裏の郵便局で金おろしてくるわ」
という神の声が。

郵便局。なんという甘美な響き。
まさに砂漠のオアシス。
なんとかそこでトイレを借りよう、そう思って内股の足を引きずりながら裏手へ回ると・・・

【悲劇その3】
なんだかちょっと違和感があるような気がするなぁ、と思ってふと考えてみると

今日、日曜日じゃん!
郵便局、休みじゃん


あぁ、もう駄目・・・
入り口のそばにあったATMボックスの中でしちゃおうかなとも思ったんだけど、そこにはさっきまで神で、今はゴミ学生に成り果てたアホが金をおろしていました。


あれ?
なんだろ、しょっぱいな・・・
あ、あぁ、なんだ。涙か。
はは、ははは、ははは、
オアシスは、蜃気楼だったみたいだよ。
はははは・・・

続く
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えー、先週末に引っ越したのに伴い、プロバイダも変わりました。
というか、変えざるを得ませんでした。
とほほ・・・

と、まぁ、こんな具合で、新しいページは
http://www14.plala.or.jp/katax/になりますので、宜しくお願いします。

前のページはいつまでJ-comが残してくれるかわからないので、出来るだけ早いうちにβ8を出したいと思います。
(β7はJ-comのページを参照しているので)

ではでは〜
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本日、午後16時、驚愕の事実が明らかになった。

チョコボールについてだ。
念のため断っておくが、向井ではない方の、だ。

小腹がすいたので、ちょっとコンビニへ行って何気なく買ってきたんだが・・・
側面に恐るべき記述が。

なんと、熱量550kcal・・・

550kcalって・・・ご飯にすると、2.5杯分じゃないですか!
550kcalって・・・キロメートルにすると、東京〜大阪間じゃないですか!!
550kcalって・・・人数にすると、サマワ入りした陸自イラク派遣部隊の人員と同じじゃないですか!!!


参院選も近いんだから、チョコボールだか向井だか若奥様シリーズだか知らんが、少しは自重しろっ。
くぬやろっ。
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今期の目標設定の面談が終わって上司と雑談しているとき
「そろそろ自分でなければだめ、という存在になりたい。」
というような事を言ったら、
「今は、それでいいよ。」
と返された。

ん?
と思って、続きを聞くと、
「君でなければだめ、という状態になったら、次は誰でも大丈夫という状態を目指して欲しい。」
のだとか。

つまり、ノウハウが充分蓄積できたら、それを自分の中だけにとどめるておくのではなく、仕事のやり方を整理したり知識を文書化することを通じて、他の人でも自分と同じ仕事ができる状態を目指さなければならないという事なのだそうだ。

なるほど・・・
目からウロコでした。
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大企業の法務部と違って、弊社のような数百人規模の会社では、法務といっても訴訟対応業務や国際渉外業務のようなドラマティックな仕事は、ほとんど無い。

その代わり、どうせキャビネットに死蔵されるであろう契約書を作ったり、社内の恨みを買いながらコンプライアンスの啓蒙をしてみたり、そんな感じの地味ぃぃな仕事がかなりの割合を占める事になる。

で、そんな仕事をしていると、営業のような、ダイナミックに成果が現れる職種にちょっとした憧れを抱いてしまう。(僕だけかなぁ)

今日、契約方針の相談に来たKさんから、「営業に来てみない?」と言われて、冗談だとはわかっているけどちょっと心が動いちゃったよ。

あぁ、
営業やってみたいな〜
半そで焼けしてみたいな〜
くぅ〜。
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以前、倦怠期の解消法として遺書を書くことをお勧めしたことがありましたが、テクストによる恋愛放談さんのこのエントリーを読んで、遺書について、また考えてしまいました。

何年も一緒に暮らしていると、相手の思いやりを当然のものとして受け取ってしまったり、相手が自分の側に居ることが当たり前だと思うようになったりするのは自然の流れかもしれません。

でも、その流れに身をゆだねていると、いつの間にか倦怠期という泥沼ににどっぷりとはまって抜け出せなくなってしまうのも、また自然なことなのでしょう。

そんな泥沼にはまらないようにする手っ取り早い方法は、相手が自分の前から居なくなることを真剣に、リアルに、継続して想像してみることだと思います。
そして、そのツールとして「遺書」はとても有効なのかもしれませんね。
考えてみたいのは、結婚している人はパートナーに対してこう言えるのか、結婚していない人は彼氏・彼女にこう言いたくなるだろうか、ということ。
とありますが、「こう言えない」「こう言いたくならない」人にこそ、まず、遺書を書いてみてほしいと思います。

鼻くそをほじりながら口を半開きにしてここをみてるあなた、今夜あたり、パートナーが深い眠りに落ちた後、いかがですか?
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植草氏のいわゆる「手鏡のぞき事件」の初公判があったそうです。

で、ニュースでは、植草氏が「痴漢もののエロDVD」や「制服を着た女の子のエロ写真」を持っていたと放送されてました。(もちろん、表現はちょっと違ったけど)

・・・え?
彼は、無実を主張している被告人なんですよ?
しかも、初公判で、事実関係はほとんど明らかになっていない。
そんな状況なのに(いくら法廷で明らかにされたことだからといって)、裁判の一方当事者の証拠のみを取り上げて、視聴者に有罪の先入観を与えるって・・・

冤罪で逮捕される危険は誰にでもあります。
そして、こんな事わざわざ世間に向けて表明するのはどうかと思うけど、世の中の男性の多くは、大抵なんらかの「ネタ」を持ってるもんです。
そんなときに、秘蔵の「ネタ」を世間様に公開されたとしたら・・・
日本の刑事裁判では無罪判決はとても稀なケースだけど、その稀なケースを勝ち取ったとしても、社会的には大きなダメージを受けるんじゃないの?

マスコミは、松本サリン事件の大失態から何も学ばなかったのでしょうか・・・
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6/18追記
ちなみに、植草氏が実際に無罪だと言いたいわけではないです。
んなこと、正直どっちでもいいので。
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ある行動について
「常識が無い」とか「○○するなんて非常識だ」
と言う人が、少なからず、いる。

でも、2.5秒くらい考えれば明らかだと思うんだけど、この発言にはじぇんじぇん意味が無い。

今、あなたの目の前に、あなたが「非常識だ」と感じる行動をしている人がいるとする。
その場合、「非常識な行動」がなされている理由は、
1.その人は、その行動を「非常識だと思っていない」
  →常識の内容が共有できていない。
2.その人は、その行動を「非常識だ」と思ってはいるが、
  常識より優先する何かがあるため、あえてその行動を
  している。
の二つに大別できると思う。

そして、1.が理由の場合、「非常識だ」と言っても、相手は「コノヒトハナニヲイッテルノ?」と思うだけで、何の解決にもならない。
また、2.が理由の場合、「非常識だ」と言っても、相手は「んなことわかってるけど、こっちはそれどころじゃないんだよ」と思うだけで、これまた何の解決にもならない。

つまり、ある行動に対して「非常識だ」ということには、ほとんど意味が無い、と。

まぁ、なにより困るのは、「常識」を口にする人は、すでに多くの事柄に対して思考停止に陥っていて、まともな話し合いが出来ない事なんだけれども。

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楽しく読ませていただいているblogの一つの働く人々で、残念な経験をされたというエントリーがあったので、こんなことを書いてみました。
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AとかBでは人間関係が把握しづらいので、便宜上登場人物に名前をつけていますが、全て仮名です。同名の方が居たとしても、その方とは何の関係もありませんのでご了承ください。
本エントリーは、「H16. 4.27 宇都宮地方裁判所栃木支部 平成15年(わ)第366号」を基にしていますが、小見出しを付けるなど、一部改変もしています。

第一章「僕は、幸せになりたかっただけなんだ」
 拓哉は,昭和63年ころ最初の婚姻をして2子をもうけたが,平成6年ころ離婚し,次いで,平成7年ころ紀香と再婚して4子をもうけた。拓哉は,平成9年春ころから勤務先の会社の都合上,単身赴任生活を余儀なくされ,a県b市内の妻子のもとへは年に10日程度しか帰らない日々を送っていたところ,平成11年8月ころ,当時拓哉が店長として勤務していたc県d市内のカラオケ店の店員であった真奈美と親密な関係に陥り,e県内に転勤になった後も,真奈美との交際を継続した。その後,平成12年中には,妻紀香真奈美との不倫関係が発覚し,拓哉は,紀香から真奈美と別れてほしい旨懇願されたが,なおも真奈美との交際を続けていたところ,同年末ころ,真奈美拓哉の子を妊娠したことが判明した。そこで,拓哉は,紀香と離婚して真奈美と婚姻することを決意し,平成13年3月ころから,e県内で真奈美と同棲を開始し,真奈美は,同年8月,長女を出産した。拓哉は,平成14年5月に至り,紀香に対し慰謝料と子供らの養育費を支払うことを条件に紀香と離婚し,拓哉真奈美は,同年7月ころから,拓哉の転勤に伴ってa県f市内で生活を始め,同年9月に婚姻し,平成15年1月に次女をもうけた。

第二章「信じなければ、裏切られることも無いのに・・・」
 ところが,真奈美は,拓哉の勤務が多忙で,休日も取れず,1週間ほど家に帰れない状態が続いたことなどもあって,寂しさの余り,同年6月ころ,携帯電話のいわゆる出会い系サイトを利用して憲二なる男性と知り合い,親密な交際を始め,間もなくそれが拓哉に発覚すると,憲二を家に連れてきて,憲二拓哉に対し,「結婚したい,別れてくれ。」などと言うのを,そのそばで黙って聞いていた。拓哉は,真奈美の態度に驚くとともに,立腹もしたが,後日,真奈美とその母親を交えて話し合った結果,真奈美憲二との関係を清算して,拓哉ともう一度やり直す旨約束したため,勤務先会社に依頼して時間的に余裕のある本社勤めに異動させてもらい,同年7月10日ころ,一家でf市を離れて,真奈美の実家に近いd市内に転居して,真奈美や子供らと一緒に過ごす時間を増やす努力をしながら,新しい暮らしを開始した。

第三章「どうして僕だけを見てくれないの?」
 しかし,真奈美は,その後も憲二への未練を断ち切れず,間もなく拓哉との約束を破って憲二との交際を再開し,それが拓哉に発覚すると,拓哉に対し,離婚を申し出るに至った。拓哉は,二度目の妻や子供らを捨てて真奈美と婚姻し,真奈美との間に2人目の子ができたばかりなのに,勝手な振る舞いを続ける真奈美を許すことができず,離婚の申し出を断るとともに,真奈美に対する怒りを抑えきれず,同年7月後半から翌8月下旬にかけて,3回ほど,真奈美に対し,殴る蹴る等の強烈な暴行・脅迫や,性的虐待を繰り返した。そのため,もう一度拓哉とやり直そうと思い直していた真奈美は,それに耐えられなくなり,最後の暴行等があった同年8月29日,離婚を決意して子供らを連れて家を出た。

第四章「君は、僕を愛するべきなんだ」
 拓哉は,真奈美への未練を断ち切ることができず,真奈美の所在を探し回った末,ようやく真奈美と電話で話したり,直接会って話し合ったりしたが,真奈美の離婚の意思は堅かった。拓哉は,同年9月中旬ころと,同年10月中旬ころに真奈美に会った際には,真奈美の気持ちが戻るのではないかという期待もあって,嫌がる真奈美と強引に肉体関係を持つなどしたが,それでも真奈美の離婚の意思が変わらなかったため,悲観的な気持ちになり,真奈美に対し,一緒に死のうなどと口走ったり,その首を絞めて,無理心中するような素振りを示したりした。

第五章「僕と真奈美の絆が他人にわかるわけ無いじゃないか」
 真奈美は,そのような拓哉の再三の暴力等に畏怖し,警察等にも相談した結果,同年10月21日,宇都宮地方裁判所D支部に対し,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律による保護命令の申立てをし,同裁判所は,同月31日,同法10条により,拓哉の住居以外で真奈美につきまとい,又は真奈美の居住場所付近をはいかいしてはならないとの趣旨の保護命令を発し,同命令の決定書は,同年11月1日,拓哉に送達された。しかし,拓哉は,その後も,真奈美に会おうとして,何度か真奈美が当時借りていたc県g郡h町内のアパート付近を訪ねたが,真奈美には会えなかった。
 拓哉は,同月11日午後6時ころ,また,同アパート付近へ行った際,真奈美が同アパートを引き払って転居したことを知ったが,真奈美の転居先はそんなに遠くはないだろうなどと考えて,付近を探し歩いていたところ,同郡同町内のEアパートi号棟の真奈美の転居先を見つけた。そこで,拓哉は,真奈美に会って行こうかどうか迷ったが,保護命令に違反することになるからと,そのときは自制してそのまま同県d市内の自宅へ帰った。しかし,拓哉は,裁判所から送付されてきていた上記保護命令の決定書や,その後真奈美が家庭裁判所に申し立てた離婚調停の期日の呼び出し状等を見ているうちに,このまま真奈美と離婚することは納得できない,やはり真奈美に会おうと決意して,翌12日午前2時30分ころ,自宅を出て,真奈美方へ向かった。

第六章「僕は、本当に、幸せになりたかっただけなんだ・・・」
 拓哉は,平成15年10月31日,宇都宮地方裁判所D支部から,6か月間,拓哉の住居以外の場所において真奈美(当時31歳)の身辺につきまとい,又は同住居以外の真奈美が通常所在する場所の付近をはいかいしてはならないことを内容とする保護命令を受けていたが,同月12日午前3時15分ころから同日午前3時30分ころまでの間,当時真奈美が居住するEアパートi号棟付近をはいかいし,もって保護命令に違反した。
 拓哉は,正当な理由がないのに,同日午前3時30分ころ,真奈美方に,無施錠の玄関から侵入した上,同日午前3時40分ころ,同所において,就寝中の真奈美が目覚めるや,真奈美に対し,布団の上から馬乗りになり,その口を塞ぐなどして,「騒ぐな,静かにしろ。」などと告げる暴行を加えたところ,拓哉が加えたその暴行により真奈美が畏怖しているのに乗じて,強いて真奈美を姦淫しようと決意し,更に,真奈美に対し,その着衣を脱がす暴行を加え,その反抗を抑圧して,強いて真奈美を姦淫した。

判決
懲役2年6月


参考:素の判例
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監査役をマトモに働かせる一番手っ取り早くて効果的な方法は、じゃんじゃんばりばり株主代表訴訟を提起することなんじゃないかと思ってます。

で、最近世論を気にするようになった裁判所が柔軟な判決(賠償責任までは認めないが、業務態度を非難する、など)を出すようになれば、少しはましになるんじゃないかと思うんだけど・・・いかがでしょうか。

つまりは、isologさんのエントリーにある図に、「訴えられても勝てるけれど、裁判所に文句を言われる」ラインを高い位置に書き加える、と。

まぁ、弊社のような100%子会社にはとんとご縁の無いお話なんだけどねー。
けっ。
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