2012年04月

3DSのファイアーエムブレムを始めたんだけど、やり直し(セーブ&ロード)をしないと決めたせいで、味方が結構頻繁に死んでしまっている。

それも、クリット一閃的な事故死のような死に方ではなく、「こいつを突っ込ませれば、たぶんこいつは死ぬ。でも、あいつを助けるためにはこいつを突っ込ませるしかない。」という状況下で死ぬ。
または、自分がちゃんと敵ユニットの行動範囲を確認していれば死なずに済んだ、という状況下で死ぬ。
つまりは、プレイヤーの責任で死ぬ。

さらにいうと、FEでは大げさなほど各ユニットにキャラ付けがなされていることもあって、自分の判断でユニットをダメにしまったことによるショックは、II号戦車や束ねた長槍兵が撃破されたショックの比ではない。
「オラ、強くなって村に帰ってくるだ!」とか母親に言い残して合流した村人を地道に育て上げてようやく使い物になってきたな、という段階で死地に投入しなければならなくなったときは、そうするのが合理的な判断だということは十分理解できているのに、直前のターンの自分のうかつな行動を恨んだり、他に手があるんじゃないかとほかのユニットを見て回ったりと、しばらくうだうだしてしまったほどだ。
ゲームなのに。単なるデータなのに。
でも、そんなショックも、死んだユニットが4つか5つを超えるころにはほとんど感じなくなってくる。
感じるのはただ、「もったいない」といった価値の喪失に関するものであって、生身の感情に起因するショックのようなものとは無縁になる。

これに拍車をかけるのは、「死んだユニットは、特にセレモニー的なイベントを経ずに『すっ』といなくなる」ことと、「新ユニットがどんどん味方として参加してくる」こと。
新陳代謝を繰り返しているうちに、喪失感が急激に鈍磨していく。

FEは結局のところゲームだから、こんなことを力説したところで「ふぅん」って話でしかないけれど、本当の戦争でも、デスマーチ中のプロジェクトでも、ブラック企業でも、無免許居眠り運転でも、こんな「感覚の麻痺」がいたるところで起きていたんだろうと思う。
失うことに痛みを感じないってのは、怖いよね。やっぱり。
状況次第で僕自身にも普通に起こりうるはずだってことがさらに怖い。


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果たしてこれを月一プレゼンのネタにして良いものか一瞬逡巡しましたが、ま、こまけーこたぁいいんだよ



ちなみに、BLJ Readers ClubのLTで喋ってきたネタです。
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さて、三ヶ月目にして早くも遅れてしまった月一プレゼンのお時間です。

今月は仕事が忙しすぎて、時間がまったくとれませんでした(言い訳)
おまけに、休みの日も家にいることが少なかったこともそれに拍車をかけました(言い訳)
やる気はあったのですが、時間がなかったんです(言い訳)
21時に作り始めて、完成したのは24時前でした。だから、完成したのは3月中なんです(言い訳)

もう、いいですか?

今回のテーマは、フリーランスのプログラマを念頭においた下請法の超入門です。
フリーランスエンジニアのための、といいつつ、ほとんど特化する気配すら見せられなかったのは時間が足りなかったからです(ry

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