チップを弾むから勇気を分けてくれないかさんの『悪口のリスク』より
僕が通っていた中学校も、体罰パラダイスでした。
略して、罰パラ。
三浦君は、担任が持っていた湯飲みからお茶がこぼれるまで(空いた手で)往復ビンタされてたし、池田君は体育教師にちょっと生意気な口を利いたら床に思いっきり投げ飛ばされてたし・・・
で、体罰教師についてなんですけど、いいか悪いかはおいといて、教育のプロとしていかがなものかと思いますよ。
ビシバシやってガキどもを言う事聞くようにするなんてのは、正直(体を鍛えれば)誰でもできるんだから、プロの教育者ならもっと子供のココロに負担のかからない方法を採れないものかと。
ただ、まぁ、体罰禁止っていうのは、あくまでよりよい教育の為の手段でしかないので、無批判に具体的な考察をすっ飛ばして「体罰は絶対禁止するざます。き〜。」って言うのもアホらしいと思うけど。
あれですね、エスカレートしやすい、とか、子供の気持ちを踏みにじる危険が強い、とか、肉体的に重大な悪影響を及ぼす恐れがあるっていうリスクを充分に認識したうえでやってくださいってことですよ、センセ。
ボクの小学校の時の担任はよくしなる若竹のムチを持ってましたよ。ホントです。こう風を切る音をさせながらふるってました、そのムチ。
で、なにか悪いことをすると腕のところを「ピチッ」ってやってました。ミミズ腫れ一歩手前位の赤い筋が綺麗にできましたよ。
僕が通っていた中学校も、体罰パラダイスでした。
略して、罰パラ。
三浦君は、担任が持っていた湯飲みからお茶がこぼれるまで(空いた手で)往復ビンタされてたし、池田君は体育教師にちょっと生意気な口を利いたら床に思いっきり投げ飛ばされてたし・・・
で、体罰教師についてなんですけど、いいか悪いかはおいといて、教育のプロとしていかがなものかと思いますよ。
ビシバシやってガキどもを言う事聞くようにするなんてのは、正直(体を鍛えれば)誰でもできるんだから、プロの教育者ならもっと子供のココロに負担のかからない方法を採れないものかと。
ただ、まぁ、体罰禁止っていうのは、あくまでよりよい教育の為の手段でしかないので、無批判に具体的な考察をすっ飛ばして「体罰は絶対禁止するざます。き〜。」って言うのもアホらしいと思うけど。
あれですね、エスカレートしやすい、とか、子供の気持ちを踏みにじる危険が強い、とか、肉体的に重大な悪影響を及ぼす恐れがあるっていうリスクを充分に認識したうえでやってくださいってことですよ、センセ。
コメント
コメント一覧 (6)
まあ、悪いことをしたってコトでムチを受けたように覚えています。
今になれば、別に恨むようなこともないですが。
最近の「体罰は絶対禁止するざます。」ってちょっと違うような気がするんですよね。
悪さをすると、竹刀でお尻を叩かれました。「帰りの会」などで、「今日はA君は3回、Bさんは2回」などと、叩かれる回数を発表されたりして。
やっぱり恐怖でしたね。
そのうち、同級生同士でも、気に食わないことがあると叩きあうようになってました。
「絶対禁止」とまでは言わないけれど、何でもかんでも「悪い奴は叩かれろ」という風潮が助長されるのはイヤですね。
まぁ、昔はすごかったってことですね。
今となっては笑い話かもしれないけど、僕は、中学生時代はいつもビクビクしていた気がします。
スポーツをしてると、おしりを叩くぐらいのことはやりますが、それも明るくやらないと逆効果です。子供が冗談でやっていると感じる程度でないといけません。
子供のチームだと、体罰でがんがんやるチームって、試合をすると気の毒なぐらい弱いのです。好きこそ上手で、ゲームに勝つ面白さを知った子供は絶対負けないという気迫がすごく、見ていて感動します。負けると、悔しくておいおい泣きます。そんなときには、君らは思い切りやったんだから泣くな!素晴らしいゲームだったんだから、誇りに思え!と言ってあげます。
叱るときは、目を絶対そらさせないで、真剣に向き合うように立たせて話しかけます。ひとりの人間対人間で話しているんだということを感じさせるのです。それが効果があるということを学びました。
泣くのもよし、かわいい嘘をつくのもよしだと思いますが、自分の子供にも、スポーツを教えた子供たちにも、困っている友達、いじめられている友達がいたら知らん顔するな。知らん顔するようでは、スポーツをする意味がないということを教えました。
子供に接するときのキーワードとして、「人間対人間という関係を感じさせる」というのは、これから娘を育てていく一人の親として、とても参考になります。
近所に大西さんがコーチしているスポーツチームがあったら見学に行きたいですよ。(って、まぁ、今はコーチ業に割くお時間は無いのかもしれませんけれど)