久しぶりにコンプライアンスの話。

コンプライアンスというと、どうしても「ルールを守りましょう」という話が主になってしまいがちだけど、前職でコンプライアンス関連業務を担当した経験からすると、こういった発想をコンプライアンスという概念が根付いていない会社に持ち込んでも何の意味も無く、場合によっては「はいはい、わかりましたわかりました」的なコンプライアンス離れを誘発してしまうという意味で有害だと感じる。

つまり、コンプライアンスの周知にあたっては、こういった「心構え」のようなものはできるだけ隅に追いやっておく必要があるということだ。
んじゃ、心構えの代わりに、何をメインに据えるのかというと、それは「テクニック」だと思う。

具体的な例を出すと、「会社が必達せよと厳命した売上目標の達成が難しい局面で、上司がなじみの取引先と話をつけ、うまいこと循環取引で数字合わせができそうになったような場面」を想定した場合、
・こういった場面でも、実態を伴わない架空取引は行ってはなりません云々
というのがダメなコンプライアンスで、
・こういった場面では、まず●●してください。それが難しい場合は、××に報告し、判断を求めてください云々
というのが、意味のあるコンプライアンスという意味だ。
(さらにいえば、この●●や××を、いかに(心理的にも物理的にも)利用しやすく設計するか、ということも含むべきかもしれない。)

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企業での活動においては、企業から課された目標を達成することに主眼が置かれるのが当然であって、そのためにある程度の犠牲は常に払われている。
繰り返しになっちゃうけど、この犠牲の中に「違法っぽいorルール違反っぽいことでも目をつぶってやっちゃう」をいかに含ませないようにするかを考えるのがコンプライアンスの本質だと思う。
社会人ともなれば、みんなそれ相応に本音と建前を使い分けるようになっている。そんな人に「正しい振る舞い」をいくらレクチャーしたって建前の知識が充実するだけで、実務上の影響はほとんどないのだから。
目の前に落とし穴があるような気がすると勘付いていても、後ろから鞭でバシバシしばかれている状況であれば、落とし穴が存在しない(または存在はしても作動しない)可能性に賭けて、一歩前に踏み出し、鞭から遠ざかろうとするのは当たり前だ。
コンプライアンスを推進する者に課せられた使命は、こんなときに鞭から逃れることができ、しかも落とし穴に落ちずにすむ第3の道を提示することであって、鞭の射程外から「落とし穴に落ちてしまうので前には進まないでください。」と教えを垂れることでは決してない。

と、ここで昼休みが終わってしまいました。
もしかしたら続くかもしれません。