パフォーマンスベース契約(PBC)に関する報告が経済産業省からあったというニュースを情報システム関係の人とかこれ見とくといいよ経由で知ったので、報告書(pdf)を読んでみました。
経済産業省では、情報システムの取引において、現行の「人月方式」以外での価格決定方法を模索するため、情報システムの付加価値に着目して価格を決定する「パフォーマンスベース契約」について検討を行ってまいりました。
今般、「情報システムのパフォーマンスベース契約に関する調査研究」報告書として取りまとめましたので、公表いたします。

思い起こせば、僕が社会人としての一歩を踏み出したころからずっと、「人月対価からの脱却」というテーマはSI業界のホットトピックでした。
つまり、逆を返せば、ここのところずっと問題視されながら、さっぱり解決してないテーマともいえます。


PBCとは
報告書では、情報サービスにおけるPBCを
「サービスやシステムの対価の一部、または全部について、サービスやシステムによって創出されるパフォーマンスにもとづいた価格設定を行うこと」である(3p)
と定義しています。
そして、人月単価との違いについては、
現行の人月ベースの価格設定では、「製品としての価値(モノへの対価)」に重きを置くため、「システムを構築するために要した労働量」を価格に換算する考え方が基本となっている。それに対して、PBC の価格設定では「システムやサービスが生み出す価値(価値への対価)」に重きを置くため、「システムやサービスが創出する価値」を価格に換算する考え方になる点が人月ベースの価格設定と本質的に異なる。)
と説明されています。


パフォーマンスベースの対価で納得感を得られるのか
PBCのメリットのひとつとして、報告書4pの「図表1-2 PBCのメリット/デメリット」は、「適切な対価を設定できること」をあげていますが、私の実感では、むしろ「作業工数の裏づけの無い対価を発注者に納得してもらうのはとても難しい」と感じます。
法務の話に寄せてしまうと、日本における訴訟関連の弁護士費用は、多くの場合経済的利益に所定の割合を乗じて算出されるという、典型的なパフォーマンスベースの対価が設定されています。
しかし、実際に簡単かつ経済的利益が大きい訴訟でこの事実を突きつけられたとき、素直に納得できる依頼者はそれほど多く無いはずです。
つまり、結局のところ、依頼者は対価の適切性を判断するにあたって、「受託者がどれだけがんばったか」を無視できない(というかむしろ、それを中心に判断する)のです。
(もし、パフォーマンスベースの対価に委託者が納得したのであれば、それは単に「想定していた『がんばり度』とさほど食い違ってなかったから」に過ぎないのではないかと思います。)

そんなわけで、パフォーマンスベースの対価を「適切だ」と思ってもらうのは結構難しいと思います。


PBCで委託者と受託者の利害対立を解消できるのか
PBCのキモは、「Win-Winの関係を実現」すること(5p)、つまり、パフォーマンスベースの対価をうまく設定することによって、委託者、受託者双方の目標を「成果をだすこと」に設定することとされています。
この、「委託者、受託者双方の目標を合致させる」というのは、プロジェクトを成功させるためにとても重要な要素であることについては異論はありません。
ですが、その目的のために必要なのは、対価をいじることではないと思います。
現場で実際に作業しているSE/PGが、「パフォーマンスがあがれば会社がもらえる委託料が増えるんだからがんばろう」なんていっている姿を想像できますか?
私はまったくもって想像できません。

私の実感では、日本でSIerとして活動している技術者は、「自分たちの作ったシステムで顧客が喜ぶこと」に喜びを感じる方がとても多いと感じます。
この感覚が間違っていないのであれば、最初から委託者と受託者は「良いシステムを作って顧客が喜ぶ」という共通の目標を持てていることになります。
つまり、人月ベースの単価のままでも、少なくともプロジェクトが始まった当初は、「委託者、受託者双方の目標を合致させる」という状態にあるはずなのです。
であれば、この状態を維持・発展させることに注力すべきだと思うのです。

そして、そのために必要なことは、「発注者がちゃんとプロジェクトに関与する。」という単純なことに尽きると思います。
つまり、注文住宅を建てる時のように、自分が何をしたいのかを忌憚なく話し、時間を見て現場に足を運び、不明な点があったら聞き、要望があったら伝え、そして実際に手を動かしている人に敬意を払う。
仮に単価が人月ベースであっても、こういった委託者の行動次第で「委託者、受託者双方の目標を合致させる」ことは結構簡単に実現できると思います。
そして、逆に言えば、単価をどう設定しようとも、発注者によるプロジェクトへの関与が不十分であれば委託者と受託者の利害対立は避けられず、従来の仕様を巡る対立が、PKIを巡る対立に移行するだけだと思うのです。


じゃぁ、PBCはいらないのか
上記のように、私は工数と対価の関連が薄くなればなるほど対価に関する委託者の納得感が得にくくなると思っていますし、また「委託者・受託者間で目標が共有できていない」問題は、単純に「発注者がプロジェクトに関与すること」で回避すべきだと思っていますが、PBCが持つ動機付けの効果をすべて否定するものではありませんし、案件によってはPBCと親和性の高いものがあるのは事実なので、パフォーマンスベースの対価が全く無意味とは思いません。
たとえば、コールセンター業務委託契約で応対率に応じて対価を増減させたり、マーケティング業務委託契約で、顧客から得られた収益数年分を分配する条件を設定することは実際にもちょくちょくあることです。

ですが、上記のような事例は、もともと人月ベースの単価と併存していたものなので、そのことをもってPBCは人月ベースの慣習を改めるエンジンになりうるとは思えません。
結局、PBCになじみの薄い分野(典型的には直接利益を生まないシステムの開発など)は、PBCが適していなかったからこそPBCが採用されなかっただけなんじゃないかと思うわけです。


似たような発想で
PBCと似たような発想で、「システム開発案件を通じて得られた知財を受託者と共有し、永続的な包括無償ライセンスを相互に設定する」というやり方があります。
受託者は、この知財を基に外販を行い、得られた収益の一部を委託者に還元するとともに、外販を通じて行ったバージョンアップを適宜委託者にも反映していきます。
私の感覚では、利害を共有したい場合やイニシャルフィーを節約したい案件では、PBCのような対価しかいじらない小手先の対策ではなく、心底「俺たちのシステム」と受託者が言えるこのようなスキームの方を取ったほうがいいんじゃないかと感じます。
→知財を全部移せないので、資産が目減りするという問題はあるかもしれませんが。



最後に
技術者による差が小さい人月単価という慣習は、「技術者のスキルの違いに理解のない発注者」と「技術者のスキルの違いを価格に”適切に”反映する(そしてそれを発注者に説明する)のがめんどくさい受注者」の利害が一致したことに醸成されたものなので、これが改まらない限り、いくら代案を考えても無駄だと思っています。
皮肉な言い方をすれば、「技術者のスキルの違いに理解のない発注者」と「技術者のスキルの違いを価格に”適切に”反映する(そしてそれを発注者に説明する)のがめんどくさい受注者」にとっては、人月単価が「お似合い」なんですよ。

というわけで、タイトルの問いに対する回答としては、私は「無理」だと思います。


それでは、また。