「で、今日は、どんな案件ですか?」

雑談が落ち着いた頃合いを見計らって、彼はそう切り出した。
もちろん、最初から僕もそのつもりで事務所を訪れてはいるんだけど、どうも悪事を働いているような気がして、いつも雑談から話を初めてしまう。いつか、慣れる日はくるんだろうか。

「今回は知財権です。最近ごく一部で話題になっている、書籍をスキャンしてデータを送るビジネス、ご存知ですか。そうそう、そのあれです。社長がどうも興味を示したようで、今日になって『うちもやろう』なんて言い出したんです。でも、うちはマザーズとはいえ一応上場してますんで、あんまりうかつなことはできないって訳で。」

僕が事情を切り出すと、彼はすらすらとメモをとり、しばらく首をひねりながら目をつぶった。
考えを巡らせるときの彼の癖だ。

「そしたら・・・そうですねぇ。今回は高裁コースでいいでしょう。まぁ知財高裁に行くと思いますから。で、筋書きは、書籍スキャンサービスをパイロットスタートしたことにして、事例詳解で著者名を"うっかり"見せてしまいましょう。そんで、著者に損害賠償&差止請求訴訟でも提起させるってことで。最近はありがたいことに出版不況で、物書きさんの下請料金がだいぶ安くなってくれてね。ありがたいことです。」

よくもまぁ、すらすらと思いつくものだと感心しながら、また軽く雑談をして、僕は事務所を後にした。

そして、翌々日。見積書とともに、訴状と答弁書の案が送られてきた。
訴状には、必要な事実がきっちりと網羅されている。いつものことだ。
答弁書には、事実は全て認めるが、法令の適用は争う旨が記載されている。もちろん、これもいつものことだ。
僕はすぐ彼に電話して、「これで結構です。もう決裁はとってるので、すぐに提起してください。」と伝えた。
ひとつ驚いたことと言えば、10年ほど前に大ヒット作で一世を風靡していた小説家を原告に据えていたことだ。小説家ってのも、大変なんだな。

1ヶ月後、僕は傍聴席からいつもの茶番を見守っていた。
裁判官の顔つきがこわばっているように見えるのは、この茶番に付き合わされることを悟ってのことだろうか。

「被告は一切事実について争わないんですね?」
「はい。争いません。」
「では・・・次回、判決ということで。」

僕は、社会の時間で三権分立という言葉を習ったときのことを思い出していた。
裁判所は、司法機関。
へぇ、これが司法機関、か。
ふぅん。


そして、今日は待ちに待った判決日。
高裁コースで発注しているので、まだこれで確定する訳じゃないけど、請求が棄却されたりしたら今日からサービスインに向けて本格稼働しなきゃならない。
判決はうちだけのものじゃないからね。
さて、どうなることか。
お、裁判官さまのお出ましだ。
なに、そんなに睨まないでくださいよ。
僕だって、好きでやってるんじゃないんですから・・・