確か、3年前の夏だったと思います。
図書館で試験勉強をしていたときに、今では妻になった当時の彼女から「お父さんがガンになって、余命は半年という告知を受けた」という電話がありました。
(義父の病気の経緯はこちらで書きました)

その電話を受けたときに考えたのは、「僕に何かできることは無いのだろうか」ということでした。
でも、僕はしがない受験生。金もないし、医学的な技術も知識も無い。まぁ、できる事なんて、あるわけないんですよね。
ただ、「この人のそばにいて、心の支えになってあげる事はできるかもしれない。」とは思いました。
で、そう思った次の瞬間には「わかった。じゃぁ、僕の両親にも事情を話すから、できるだけ一緒に居よう。」と言ってました。
今考えると、強固な「マイ常識」を持っている僕の両親にこんなことを理解してもらえるわけはないってすぐに気づくことができるけれど、悲劇の主人公的な気持ちに支配されていた当時の僕は、「まぁ、大変だとは思うけど、話せばわかってもらえるだろうな。」なんて思ってました。笑っちゃいますよね。

そして数日後、田舎に帰って事情を話し、「彼女のそばにいたい。勉強は続ける。」といった趣旨の話をして、案の定スーパー大反対を受けました
(「お前がそばにいたからといって、支えになるとは限らない」とか「思いやりのつもりが迷惑になることだってあるんだぞ」とか、まぁ、そうゆう話です。そりゃそうだ。僕だって、自分が親だったらそう言うよ。)
で、その日一泊して、翌朝、「お父さんとお母さんの気持ちはわかった。でも、とりあえずは自分が決めたとおりにやってみる。間違っていたら、そのときは考え直す」といった事を告げ、東京に帰ってきました。

そして、それ以降、基本的には彼女のアパート(電車で2時間くらい)で、半同棲生活を始めました。
とはいっても、日中、彼女は仕事へ、僕は図書館へ行っていたので、まぁ、一緒にいる時間なんてそんなに長くは無かったんだけれども。

でも、そんな不安定な状態は、ある秋の日に起こったトラブルをきっかけに、大きくバランスを崩す事になったのでした。

(続きます)