雑記

今年一年、思いつきで初めた「月に一回、プレゼン資料をブログにアップする」という今年の目標が、今まさに達成されようとしています。

あぁ、ここまで一度も遅れることなく、そう、一度も遅れることなくアップし続けられたことに、感激しています。

さて、今月のテーマはスマートフォンアプリの受託開発。
一般的なソフトウェア開発受託とは異なる視点での注意が必要な事項に絞って8つにまとめました。

「これが抜けてる」とか、「これは別に重要じゃねぇ」みたいなご指摘があれば、ぜひご教示くださいませ。



それでは、メリークリスマス!
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

誰が何と言おうと、今は11月!

さて、今月もなんとかぎりぎり間に合った月一プレゼン。
今回のテーマは、法務のためのワードカスタマイズです。

ワードと法務は切っても切れない腐れ縁。
ショートカットキーをいろいろ覚えて使いこなしている方も少なくないかと思いますが、そこからさらに一歩先に踏み出して、自分色にワードを染めてもっと使いやすくしようというお話です。



という意気込みで作ったのですが、テーマの特性上、必ずしも「法務のための」という内容ではなくなってしまったのが少し残念です。

さて、11月も今日で終わりなので、今日も仕事をがんばりましょうね!
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

段々と辛くなってきましたが、ノルマも残すところあと3ヶ月分になりました。
せっかくここまで来たんだから、なんとか最後までやりきりたいですね。

というわけで、月一プレゼンの10月分は、外注管理です。
どうぞー。



正直、最近仕事がくっそ忙しくてブログどころじゃないんだけど、逆に言えば自分にこの企画?を課していなかったらダラダラと仕事だけをしていたはずなので、その意味でも私的な目標管理としてブログというのは使えるな、と最近思い始めています。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

というわけで、8月分の月一プレゼンのネタは、法務系ライトニングトークでつかった資料そのまんまです。
あ、そのまんまじゃないな。
例のアレなページは抜いています。



改めて見て気付いたんだけど、スライドだけ眺めても意味不明だな(笑)
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

いやぁ、あついですね。
いや、気温の話じゃなくて。第2回法務系LTですよ!

自分自身のタコツボってる閉塞感を打破するために、やりたいからやってみるというノリで始めた法務系ライトニングトークについてですが、会場設営、受付、会計、司会といった仕事を、@dtk1970 さん、 @youcutthehair さん、レクシスネクシス・ジャパン ビジネスロー・ジャーナル編集部(@BLJ_Editor )の皆さんにご協力いただき、そして何より一緒に企画・運営をしてくれた@takujihashizumeさんのお力もあり、第2回は(対第1回比で)ぐっと洗練された運営ができたのではないかと思います。(第1回が超適当運営だったということを差し引いたとしても。)

また、力を抜きつつダレた雰囲気にならなかったのは、刺激的なプレゼンを繰り広げてくださった登壇者の皆さんのお蔭です。
本当にありがとうございました!

---以下、自分が法務系ライトニングトークについて思っていること---

前回は「なんでもOK」でしたが、今回はライトニングトークのネタの条件として、「自分が専門にしている・専門にしたいこと」「自分が力を入れて取り組んでいること」と指定しました。これは、自分を含めたLTerに、「それだけの価値のある話をしようぜ」と煽るという意味でした。

つい先日、着替えのTシャツを持ってくるのを忘れてしまってドンキで買う羽目になったんですけど、その日を凌げさえすればそれでよかったので、一番安い棚から、比較的ましなデザインのものを選んで買いました。
398円でした。
7980円のシャツにはたっくさんポップが付いていましたが、その棚の商品についていたポップは、「3つで998円」だけでした。

LTをすれば398円のシャツにならずに済むなんてことはまったくもってありませんが、それでも、「人に聞かせるだけの価値がある自分の知識・経験は何か」、つまり「自分が今つけられるポップが何か」を再確認するいい機会になるのは間違いありません。
これから法律を専門分野にするビジネスマンは増えてくるはずで、その中で自分がどのようなポップをつけられるのかはとても重要になってくるはずです。
ライトニングトークイベントが、そういった点で意味のあるものになればいいな、と思っています。

ではでは!

----
企業法務マンサバイバル : 第2回法務系ライトニングトークイベント反省文
第2回法務系ライトニングトーク挙行さる
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

なぜ、はじめの一歩なのか。
それは、自分自身深いところを理解していないからに他ならない!
どうだ、まいったか!

なお、最後の「連帯保証でいけんじゃね?」については、ほとんど調査をしていません。
その他の点についても、いや、これ、違うだろという点がございましたら、今回に限ったことではありませんがコメント欄等でご指摘いただければ幸いです。

ではまた!

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

元気ですか!
元気があれば、バックデートもできる。

いくぞー、1,2,3,GPL太郎ー!!!



GPLについては、その複雑で読みづらいライセンス文言を巡って個別の条項をどう解釈すればいいのか、いろいろなところで議論されていますが、実際のところ、組み込んでだいじょうぶなのか、という点についての情報はそれほど多くないのが現状だと思います。
というわけで、書いてみましたGPL太郎。
対話形式でこまけーこたーいいんだよを基本路線に、おばあさんがばっさばっさと道を切り開いてくれます。というものを作りたかったのですが、うまくいきませんでした。残念。

とはいえ、実務対応を考える一助になれば幸いです。
もし間違いが含まれていたら、こっそり笑っていないでコメント等で教えてくださいね。

なお、資料中に書き忘れましたが、GPL、LGPLとも、Version3.0を前提にしています。

ではでは!
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

3DSのファイアーエムブレムを始めたんだけど、やり直し(セーブ&ロード)をしないと決めたせいで、味方が結構頻繁に死んでしまっている。

それも、クリット一閃的な事故死のような死に方ではなく、「こいつを突っ込ませれば、たぶんこいつは死ぬ。でも、あいつを助けるためにはこいつを突っ込ませるしかない。」という状況下で死ぬ。
または、自分がちゃんと敵ユニットの行動範囲を確認していれば死なずに済んだ、という状況下で死ぬ。
つまりは、プレイヤーの責任で死ぬ。

さらにいうと、FEでは大げさなほど各ユニットにキャラ付けがなされていることもあって、自分の判断でユニットをダメにしまったことによるショックは、II号戦車や束ねた長槍兵が撃破されたショックの比ではない。
「オラ、強くなって村に帰ってくるだ!」とか母親に言い残して合流した村人を地道に育て上げてようやく使い物になってきたな、という段階で死地に投入しなければならなくなったときは、そうするのが合理的な判断だということは十分理解できているのに、直前のターンの自分のうかつな行動を恨んだり、他に手があるんじゃないかとほかのユニットを見て回ったりと、しばらくうだうだしてしまったほどだ。
ゲームなのに。単なるデータなのに。
でも、そんなショックも、死んだユニットが4つか5つを超えるころにはほとんど感じなくなってくる。
感じるのはただ、「もったいない」といった価値の喪失に関するものであって、生身の感情に起因するショックのようなものとは無縁になる。

これに拍車をかけるのは、「死んだユニットは、特にセレモニー的なイベントを経ずに『すっ』といなくなる」ことと、「新ユニットがどんどん味方として参加してくる」こと。
新陳代謝を繰り返しているうちに、喪失感が急激に鈍磨していく。

FEは結局のところゲームだから、こんなことを力説したところで「ふぅん」って話でしかないけれど、本当の戦争でも、デスマーチ中のプロジェクトでも、ブラック企業でも、無免許居眠り運転でも、こんな「感覚の麻痺」がいたるところで起きていたんだろうと思う。
失うことに痛みを感じないってのは、怖いよね。やっぱり。
状況次第で僕自身にも普通に起こりうるはずだってことがさらに怖い。


このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

果たしてこれを月一プレゼンのネタにして良いものか一瞬逡巡しましたが、ま、こまけーこたぁいいんだよ



ちなみに、BLJ Readers ClubのLTで喋ってきたネタです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

最初に断っておきますと、これは僕自身の個人的な問題であって、人の考え方とか報道内容とかに何か言いたいという趣旨ではありません。

さて、僕は去年の3月に当時の勤務先に辞意を伝え、4月に実質的な最終出勤を済ませ、5月は非常に暇でした。
給与をもらう立場の人間としては、都内有数の暇人だったと思います。
去年の5月ですよ。5月。
全てが混乱して、あらゆるものが足りていなかった時期です。

当時、僕も「今東北に行くべきなんじゃないか」と日々思っていました。
ですが、僕は結局行きませんでした。

理由はいろいろあるのですが、全て自分と自分のまわりの事柄に起因するもので、自分の気持ち一つでどうにでもなることでした。
今でも、当時東京に居続けたことに強い後悔を覚えます。

僕一人の力で何かを変えられた時期ではなかったでしょうから、それはつまり僕自身の問題です。
つまりは、身もふたもない言い方をしてしまうとほとんど自己満足なのです。
ただ、素直な気持ちで今後ずっと続く震災復興に向き合うためにはそうしておく必要があるものでした。

発生から1年を迎え、最近増えてきた震災関連の特集では、「絆」とか「助け合い」という言葉を良く目にします。
これらの言葉は、僕が当時「自分がすべきだと思ったことをしなかった」という後悔を鮮烈に呼び起こします。
去年の5月、僕は何かしておくべきだったんです。やっぱり。
自分自身の問題として。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

↑このページのトップヘ