1on1って、「あー、良かったな」と感じるときと、いまいち手応えというか、やった意義を感じられないときに大きな差があると思う一方で、人とのコミュニケーションの話なので、成功パターンを定型化することは難しいわけですが、名著「ヤフーの1on1」を頼りに手探りでやり続けるのもなんだな、と思い、どうすればそれを達成できるかの前段階として、これまで自分が「良かったな」と感じた1on1がどういうものだったかを言語化してみようと思う。

価値観を確認できたケース


人によって大切にしているものや、判断基準は大きく異なるものですが、こういった価値観のようなものは言葉や行動のようにそのまま表面に現れるわけではないので、推測はできても、そのものを直接確認する機会は少ないものです。そもそも、自分の価値観がどんなものかを明確に意識したことのない人も普通にいるはずですし、もっといえば、自分がこういう価値観に基づいて生きていると考えていたものが、単なる思い込みに過ぎなかったということすらありうると思うんですよね。
なので、対話を通じて自分が大切にしていることが何かを明確に認識できたときは、独特な満足感というか、大げさかかもしれないけれど救われたような感覚を覚えるんですよね。

考えを話すことを通じて腹が決まったケース


こういうことで悩んでいる、困っている、という話をしていただけなのに、自然と「悩んでいてもしょうがない。やるしかないんだよな。」と腹が決まることってありますよね。
自分でやると決めたことは、人からやれと言われたことよりがっちりコミットできるので、そういう腹決めの場になった1on1は、振り返ってみてもよかったな、と思うものです。
自分の進むべき道が見えたというか、トンネルを抜けて視界が拓けたような快感がある。

苦しさを分担してもらえたケース


思うように成果を出せないとか、同僚より自分が劣っているように思えてならない、みたいな苦しさは、基本的には自分ひとりに帰属するものなのですが、誰かと話すことで少し心が軽くなるものです。
そういう王様の耳はロバの耳的な吐露をできる相手との1on1は本当に心が苦しいときには意外に強い支えになってくれることがあります。別に話したからといって成果を出せるようになるわけではないですし、自分の能力が上がるわけでもないのですが、結局のところ、こういう苦しさは慣れの問題であって、あとになって振り返ると「なんで自分はあんなに悩んでいたんだ?」と不思議に思うことも珍しいことではないものです。
であれば、話した悩みを受け止めてもらえる相手と1on1をして苦しい期間を凌ぐことができたら、それは価値ある1on1だよね、と思うわけです。


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こう、思いつくままに書いてみて思ったのが、1on1というのは何を話すかはあまり重要ではなくて、本心をできる限りさらけ出すことが要諦なんじゃないか、という気がしてきました。
対話や問いかけが重要だと思っていたけれど、それらはあくまで本心をさらけ出すための仕掛け、という感じ。
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