
法律の専門家は社外にいくらでもいるのに、なぜ会社は法務部門を社内に置くのか。
この問いに対する答えは、たいてい「社内にいるからこそ」から始まります。
社内にいるからこそ事業の文脈を深く理解できる。スピーディーに対応できる。外部の弁護士にいちいち背景を説明しなくていい。日常的に事業部門と接しているからリスクの芽を早期に摘める、などなど。
要するに、「社内にいること」それ自体が、法律の専門性とは別の、代えがたい価値を生んでいるというお話です。これまでは、僕自身このストーリーに違和感を覚えることはありませんでした。ただ、最近これがかなり怪しくなってきているように感じるのです。
法務受託と呼ばれている存在は、今では「穴を埋める」存在ではなく、法務の機能を高度化する役割を担うようになっています(それゆえに、LEP(Legal Enhancement Partner)と呼んでいるというのは、もう聞き飽きたよ、という方もいらっしゃるかもしれません)。インハウス経験豊富な弁護士がかゆいところに手が届き、かつ円滑な対応をし、プレイブックやオンボーディングの整備状況次第では、社内の法務担当者と見分けがつかないような対応を期待できます。以前のAdvent Calendarのエントリーでも書きましたが、「社内にいないとわからない」の中身を具体的に分解してみると、プレイブックとオンボーディングで渡せるものがほとんどだった、ということに気づいた法務部門は少なくないはずです。
加えて、昨今ではAIの進化・普及によって、依頼部門や経営者の法務に関するリテラシーが底上げされつつあります。「法務に聞かないとわからない」だった問いの一部に、事業部門がAIの力を借りて自力でたどり着けるようになってきた。つまり、法務部門が「聞かれたから答える」で提供していた価値の一部が、すでに代替され始めているわけです。
社内に法務部門を置く意義は、ゼロになることはないにせよ、LEPとAIに今後は一定程度は置換されていくのが合理的な判断になりつつあるわけで、そのような状況下でこの先、法務部門が存在する意義を「社内にいるからこそ」だけで説明するのはかなり難しくなるのではないかという気がしています。
今のAIは、「まだ」業務を劇的に変えてくれる存在ではない
じゃあ今すぐ法務の仕事がなくなるかというと、そんなことはないというのは、実務に携わっている方の共通認識だと思います。
現時点のAIは、契約書のドラフティングや修正についてはかなりのレベルに到達していますが、日々の業務が劇的に楽になるかというと、正直なところ「今より便利になった」くらいの違いしか実感できません(それはそれですごいことではありますが)。
半年くらい前までは、AIがうまく契約書を書けないのはAI自体の能力の問題であることが多かったのですが、今は原因のほとんどが「情報の足りなさ」に変わっています。判断能力は十分に高いのに、判断の前提となる情報、つまりは過去案件のやり取り、締結済み契約書、トラブルの経緯報告書などにアクセスできないせいで、本来の性能を発揮しきれていません。人間でいえば、優秀な人を採用したのに社内のファイルサーバーへのアクセス権をもらえていない状態に近いといえるとおもいます。
ですが、この状況はもうすぐ変わるはずです。契約書管理システムや案件管理システムに蓄積された情報にAIがアクセスできるようになるのは時間の問題ですし、プレイブックの整備も進んできました。そうなれば、AIが単独で適切に処理できる案件は一気に増えます。
だから今、種を蒔く必要がある
なので、足元で考えるべきことは、「そうなったとき」に備えて今何をすべきかだと思うのです。
AIが案件管理システムや契約管理システムの情報を参照できるようになったとして、そこに参照すべき情報がなければ意味がありません。プレイブックが整備されていなければAIは自社の審査基準に沿った判断ができないし、過去の対応方針が属人的な記憶の中にしかなければ、AIにはそれが見えない。
つまり、今やるべきなのは、AIが単独で対応できる案件を増やすための種まきのはずす。審査基準の明文化やナレッジの構造化は、どれも地味で、目の前の依頼を捌くのに精一杯の中で時間を捻出するのは簡単ではありません。しかも、AIは今この瞬間の業務を劇的に楽にしてくれるわけではないので、「忙しいのに、なんで今これをやらなきゃいけないんだ」という気持ちになるのも無理はありません。
でも、数年後に「あのとき種を蒔いておいてよかった」と思えるか、「あのときやっておけば良かった」と後悔するかは、今の動き方にかかっていると思うのです。
我々から仕事を奪うのはAIではない
去年あたりから、「AIによって法務の仕事が奪われる」という話をよく聞くようになりました。ですが、この言い方はちょっとミスリーディングだと思っています。
なぜなら、仕事を奪う主体はAIではなく、経営者や依頼者という別の人間であるはずだからです。
AIは道具にすぎないので、AI自身が「この業務はもう人間がやらなくていいですね」と宣言して勝手に業務を巻き取っていくわけではありません。実際に起きるのは、AIの進化を見た人間が「この業務にもう人は要らないよね」と判断する、ということです。
スムーズに「法務」を閉じることこそが、法務の存在意義
ここまで見てから冒頭の「社内に法務部門を置く意味」について話題を戻すと、ちょっと景色が変わって見えるのではないかと思います。つまり、これから業務が大きく変わるタイミングにおいて、社内に法務部門を置く意義は、スムーズに「法務」を閉じることにあるんじゃないか、ということですね。
やや逆説的に聞こえるかもしれませんが、こう考えるとかなり多くのことが腑に落ちます。
仮に社内に法務機能がなく、AIやLEPにすべてを委ねていたら、「法務業務そのものをなくしていく」という動きは起こらないと思います。また、仮にそのような動きが起こったとしても、それは非連続的で破壊的なものになるはずです。ある日突然「もう法務いらないよね」と言われるとか、外部のDXコンサルが入ってきて業務を根こそぎ作り変えるとか、そういう感じですね。
社内の文脈を理解し、依頼者との関係性があり、経営の方針を汲める人間が、自らの手でなめらかに業務を移行していくからこそ、事業にダメージを与えずに法務を縮小・再定義できる。これは外部の人間にはできないことですし、「社内にいるからこそ」の価値が最も発揮される場面でもあります。
今はまだ、Human-in-the-Loopは、人間がプロセスの中に入ることの意義に注目が集まっている段階です。ですが、AIへの情報提供が整備されてツールが進化していけば、どこかの時点で、ループの中の人間はボトルネックや必要悪として認識されるようになるように思います。そのとき、ボトルネックを一番うまく解消できるのは、ループの中にいる人間自身のはずなんですよね。外から強制的に除去されるのと、中の人間が自ら設計して移行するのとでは、結果がまるで違うはずです。
自分の手で引き渡すか、引導を渡されるか
いま自分たちの価値提供の源泉となっているものを、自分の手でAIやLEPに引き渡すことはそれなりに怖いことだとは思います。
ただ、現状維持を続けていても、いずれ誰かにそれを強制されることになるはずで、自分で手放すのか、誰かに取り上げられるのかの違いでしかないということは言えそうです。そうであれば、自分たちの手で法務業務を変革し、再定義したうえで、新しい業務(それはもはや「法務」と呼ばれるものではないかもしれませんが)の担い手になっていく方が、ポジティブに未来を捉えられる気もするんですよね。
いかがでしょうか。
「そうはならない」や「これもありそう」があれば、ぜひ教えて下さい。
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